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菜根譚-066(心体光明)


心が何にも捉われがなく、積極的に物事を進めることが出来る良好なときは
たとえ暗い部屋の中に居ても、青空の下にあるように心身共に爽快である。
心が雑念に捉われ身動き出来ないときは、白昼の下に居ても其の雑念の故に
悪魔が現れ進路の妨げとなる。
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菜根譚-061(名根未抜者)


名誉に執着しそれを捨てきれない者は、たとえ王族のような冨貴を軽んじ
清貧に甘んじていても、それは外見だけで心は欲心で一杯である。

俺が俺がと自分を主張する者は、世情に恩沢を施し、後世に
まで恩恵を与える大事業を起こしたとしても、自己満足にすぎず
折角の功績も本人にとっては、なんら人格の向上には役にたたない。

菜根譚-064(欹器以満覆)


欹器(いき)は、水を一杯に満たしてしまうと倒れ、中の水がこぼれてしまう。
上に狭い口のある土性の器は、中は空でお金を貯めて一杯になると壊されてしまう。
この理屈のように、其の道に達した者は、どんなに思い通りにことが運んでも
人事を尽くして天命を待つ無の心境に住する。
また、どこか欠けた部分を残して置き、決して完全を願わないのである。

注)欹器とは、中がからの時は傾き、半分入れると垂直になり、満杯になると
  中のものがこぼれてしまう容器。

菜根譚-063(真廉無廉名)


真に清廉潔白という人は、身近な人には其のことが分かるが、世間一般の
人には分かる訳はないので、そういう評判は立たないものである。
もし、其の清廉潔白という評判がたつとすれば、作為的なものがある。
よって、どこかに清廉でない所があり、その名のみを貪る傾向がある。

また、巧妙な術、今で言えば様々なスキル、ノウハウを持っている者は
あえてそれをひけらかすことは無いが、その術を用いていると分かる者は
どこかまだ拙劣な所がある。

菜根譚-062(学者有段兢業的心思)


学問を志す者は、常に正道を踏み外していないか、気を引き締めて事に
当たってないかなど自分の心を点検することが必要である。
しかし、それだけでは駄目で、ときには心を開け放ち酒々楽々と何物にも
捉われぬ心掛けが必要である。

もし、あまり自分を戒めし過ぎると、秋季の万物を枯死させるようなもので
春風が草花を発育せる気象はひとかけらも無いことになってしまう。
それでは、どうして万物を生成発育するように、民を慈しむことが出来よう。

菜根譚-061(春至時和)


春風たなびく、のどかな気候になると草木が一段と咲き乱れ
鳥もまた木々の間をさえずりわたる。
それは各々が、持って生まれた天性を発揮している。

士君子が幸運にも頭角をあらわし、高い地位につき、衣食に満ち
何不自由ない生活をしながら、世の為の提言をし、事業を行なわない
ならば、どんなに長生きしても無用の長物と同じで、ただの一日も
生きなかったのと同じである。

菜根譚-060(富貴名誉)


世の為、人の為にと思い其の結果得られた富貴や名誉は、
大自然に咲く花のように、根がしっかりとして枝、葉も十分に栄養が
行き渡り容易に枯れることはないのである。

これに対して、何か一つ大きなことをしてやろうという欲心から得られた
富貴や名誉は、盆栽や花壇の花のように、その根も浅く人の心次第で
枯れたり、栄えたりする。
さらに、自らの地位を利用した、権力により得た富貴や名誉は、切花の
ように根が無く、一時的なもので直ぐに枯れてしまう。

菜根譚-059(苦心中)


例えば事業を起こすとか、芸事を習得するなど何事かをする時困難に
直面する。そういう時でももっと苦労している人のことを思えば心に
平安を得ることが出来る。
また何をやってもうまく行き得意絶頂の時、心のどこかに空しさを
感じるもの。

菜根譚-058(人心有一部真文章)


人間はいろんな境遇に出くわした時、こちらが正しい道だよと囁く
真理が書かれた文字を心の中に持っている、しかし生まれてから
身についた不完全な物に惑わされ、あたかもそれが真理であると
錯覚して道を誤るのである。
同様に人の心の中には真正な音楽を聞き分ける原型のようなもの
を持っている。
しかし、生まれてから聞いてきた音楽にドップリと浸かっているため
本物を聞き分けることが出来ない。
よって、学ぶ者は心にこびりつた真の発現を阻害している外物を一掃し、
ひたむきに本質を探求すれば、真文章、真音楽を楽しむことが出来る。

菜根譚-057(読書不見聖賢)


書物を読んで聖賢の言わんとすることを理解しても、それを実践して
自らのものとしなければ、文字の奴隷も同じである。
また、官職となっても国民を慈しみ愛する心が無ければ、
何ら給料泥棒とかわりなく、衣冠を着けた泥棒と同じである。

学門を教えても、それを実行していなければ、口先だけの人物で
口頭禅と一緒で何の役にもたたない。
また、大事業を起こして利益を上げても、恩徳を施さなければ、
すぐに散り果ててしまうであろう。

菜根譚-056(奢者富而不足)


心に奢り高ぶる気持ちを有して冨裕な者は、その欲心の為に
あれば、あるほどもっと欲しくなって不足を感じる。
貧乏でも、心に足るを知って感謝して生きる者は、無い中でも
少しの余裕に有り難味を感じる。

才能のある者は、何でもうまく行くので、それ故にいろいろな物に
手を広げ、それが返って人の怨みをかってしまう。
それよりも、朴訥で少しおっちょこちょいのほうが、誰からも好かれ
本当の意味において、人生を全うすることが出来る。

菜根譚-055(心地乾浄)

心を清浄にして何の欲心も無ければ、そこで初めて書を読んで
古の様々な出来事から現在に生きる教訓をえるころが出来る。

心に欲心があれば、その教訓も己の利欲のために用いたり
善言を聞いては、自分を取り繕うために利用することになる。
これでは、敵に武器を与え、盗賊にご馳走するようなものである。

愚作休題

いつも堅苦しいブログを読んでいただき、ありがとうございます。
たまには、息抜きも必要ということで写真を掲載します。

今年は、寒さで梅の花を見る機会が少なかった、あなたに
よければ、私の愚作ですがご覧ください。

一枚目
梅-01

ニ枚目
梅-02

三枚目
梅-03

菜根譚-054(人之際遇)


人の運命というものは様々であって、願いが叶い心が満ち足りて
いる人がいれば、そうでない人もいる。
よって、自分一人だけすべてが不足ないようにすることなど
どうして出来ようか。
自分の思っていることが、思い通りに行くこともあれば
そうでない時もある。
どうして人を思い通りに動かすことなど出来るであろうか。
よってこの道理を良く弁えて、その関係に対処するのは
世の中を渡る大切な方便なのである。

菜根譚-053(施恩者)


誰かに恩恵を与えるということは、良いことに違いない
しかも、それを意識せず哀れみの情から自然と出たものならば
たとえわずかであろうと、大きな恵みを施したことになる。
逆に自らの施しを計算し、その報いを求めるようでは
それが大金を恵むことであっても一文にも値しないのである。
何もしないよりましであるが、施しをするなら無心であれという
戒めである。

菜根譚-052(我有功於人不可念)


人に何か良いことをしてあげたからと言って、それを種に
その報酬を願ってはいけない。
逆に他人に対して何か過失があったならば、常に意識して
同じことを繰り返してはならない。

また、他人から恩を受けたなら感謝して忘れてはならない。
逆に恨みは、忘れるように努力しなければならない。

菜根譚-051(処治世宜方)


世の中が、平穏無事で太平ならば是非善悪をわきまえて、
正しく生きるのが良い。
逆に混乱した世の中では、臨機応変に柔軟な思考を持つのが良い。
末の世ともなれば、この両方を備えて生きよう。

行いの良い者には、寛大に対処しその反対に悪人には厳格な方が
かえって本人の為なのである。
普通の人に対しては、この両者を使い分るに限る。

菜根譚-050(福莫福於少事)


人は、いろいろなことで幸を感じるが、何事も無く平穏無事で
あること程幸福なことはない。
また、禍もいろいろあるが、あれもこれもと気を配って思い煩って
いること程大なる禍はないのである。
よって、様々なことに思い煩った者にして初めて、事変の少ないのが
如何に幸福であるかを知り。
心が平穏であって初めて思い煩うことが禍であるかを知るのである。

菜根譚-049(肝受病)


肝臓が病むと目が衰え見えなくなり、腎臓が病むと耳が聞こえなくなる。
つまり、病というものは、人の見えないところで生じ、やがては人の
見える所に現れてくる。
だから君子は、これと同様に罪を逃れんとするならば,人から見えない
ところで、自ら正道を踏み外す事の無いように気を付けねばならない。

菜根譚-048(吉人無論)


善人の部類に属する人は、日常生活が平安であるだけでなく
眠っている時でさえ、安らかである。
一方悪人は、その生活はねじけて悪賢い事は、言うまでもなく、
声や笑い声まで、全てが殺気に満ちている。

菜根譚-047(進徳修道)


徳を修め道を極めんとする者は、木石のように無心であらねばならない。
もし、この世の冨貴栄達に執着するや、欲望の世界に落ち込んでしまう。

さらに、世の困っている人を助け、国を経略しようとするなら、
雲水坊主のような淡白な趣が必要である。
一瞬でも権勢にすりより、その立場を利用して己の欲望を満たそうと
すれば、危険千万極まりない。

菜根譚-046(人人有個大慈悲)


人は誰でも慈悲心があり、インドの修行僧である維摩居士、
屠殺人や死刑執行人も、その心に二つはないのである。
また、人間どんな処でも、真の趣向はあるもので、立派な館であろうと、
かやぶきのあばら屋であろうと、それなりの趣がある。
ただ、欲心のために我が目が曇らされ、人情にしばられて、本来その
ものが持っている、趣や心情に接することが出来ない。
その結果、わずかな距離が千里のへだたりとなってします。

菜根譚-045(学者)


学問をするものは、ただ本を読むばかりではいけない
精神を集中して、その目的である徳を修めるために、
散乱する心を静め、一点に帰着しなければならない。
もし、道徳に生きる者が、事業や名誉に気を取られているようでは、
決してその目的を果たすことは出来ない。
本を読むということも,ただ漫然として読むだけではいけない。
それを通して徳を養い、実践することに意味がある。
いたずらに、詩歌を作ることに、心を奪われているようでは、
浅薄な人間となってしまう。

菜根譚-044(立身不高一歩立)


社会の中で、誰からも認められる人になるには、他人より一段高い見識を
持たないと、埃の中で服の塵を払い、泥水で足を洗うようなものである。
それでは、どうして世俗を抜け出ることができるであろうか。
また、世の中で生きてゆく上では、他人より一段下に身を置いて、謙虚で
なければ、蛾(が)が燈火の火に飛び込み、牡牛が垣根に角を引っ掛けて
身動きとれないのと同じである。
それでは、どうして安楽に生活して行くことができようか。

菜根譚-043(風恬浪静中)


風がたおやかで波も静かな状態の時、すなわち自分の境涯が
安寧ならば人生の本当の真境が見えて来る。
あっさりとした物で満足し、周囲の雑音に気を止めなければ
心身一体の、人間の本来のすがたがわかる。

菜根譚-042(彼富我仁)


他人が、その持っている富で来るなら、自分は仁に根ざした人徳で対し、
彼が官職すなわち地位で来るなら、自分は義という天徳で対する。
君子は、君主今で言えば、首相や大臣に籠絡せられて、その手のうち
で動くことは無いのである。

人は、志を立てそれが誠ならば、天をも動かしその運命さえ変える
ことができる。
すなわち、君子は造物主の制肘を受けない。

菜根譚-041(念頭濃者)


心つかいの行き届いた人は、自分にもそうであると同時に
他人に対しても同様に手厚い。

これに対し、何事も淡白で、あっさした人は、自分にも同様に
また、他人、事物に対しても淡白である。

よって、君子たる者は、濃密でもいけないが、淡白過ぎてもいけない。
中庸こそ君子の取るべき道である。

菜根譚-040(欲路上事)


情欲や五欲を満たすことは誰しも望むことではあるが、それが手近に
あるからといって、その深みにはまってしまってはいけない。
もし一度でも染まってしまえば、奈落の底に落ちてしまう。

それに対して、義理や道理に関しては、それが如何に難しい
からといって躊躇してはならない。
もし一度でも尻込みすれば、再びそれを取り戻すことは困難である。

菜根譚-039(教弟子如養閨女)


弟子を教育するのは、箱入り娘を養育するのと同じようなものである。
朱に交われば赤くなるのことわざのごとく、人との交流を厳しく監督し、
付き合い相手を、慎重に選ばせなければならない。
もし、一度でも素行の悪い者に近づけば、それに影響されて堕落する
可能性がある。
それは、あたかも清浄な田畑に、雑草の種を撒くようなもので、
良田もしまいには、何も実らない荒地に変わってしまう。

若い時は周りの影響を受けやすい。
逆も真なりで、厳しく躾けると良く育つわけだ。

菜根譚(著者洪自誠)


最近また、別の菜根譚の本を購入したので紹介する。
神子 侃 , 吉田 豊、(訳)昭和51年出版の本。
書下し文は、吉田公平氏の物とほぼ同じ。
現代語訳も表現は違うが、内容は同じ。

書下し文の直訳という感じで、たぶん東洋の思想に詳しくなければ
なぜそういう解釈が、出てきたのかその根拠を知りたくなる。

菜根譚は、儒、仏、道、をその教えの根本としているのでそれに対する
知識がねければ、表面的な理解で終わってしまう。

そうは言っても、長く読み継がれてきただけあって、随所になるほどと
思う事があって、せめて一冊位は手元に置きたい。

どちらかと云うと、こちらの方がしっくりと来る。

b1-0001.jpg
プロフィール

天地有情

Author:天地有情
孔子像(湯島聖堂)
kousi-0001.jpg

菜根譚の原文、書下し文は、こちら。
http://fanblogs.jp/yositugu88/

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